はじめに

初めまして。

こちらは、KAIBAが運営するCITY HUNTER(北条司 氏原作)の二次創作ブログです。

2012年秋頃、本屋でエンジェルハートを見掛けたところ、
AHがなんとCHの巻数(Jump Comic全35巻)を越えていた!!
学生時にCH連載をタイムリーに読み(…〇十年前です(汗))、
当時ハマりまくっていた私には、AHはずーっと受け入れがたかったのですが、
今はもう通巻40(1stシーズン+2ndシーズン)(2013年11月現在)。
ある種のショック(?)を覚え、ついAH大人買い、一気読み。
(AHついては、「考察」でそのうち…)

で、一気読み後にCH熱が再炎上。二次創作サイト読みまくり。
で、みなさまの二次創作に共感したり、感服したり…。
で、自分の妄想が暴走したのがコチラのブログです。

主に、原作では描かれていない“隙間”の勝手な解釈と、
最終回~数年後のRyo&Kaoriを想像した内容ですが、
思いっ切り管理人KAIBA解釈のR&Kです。
なので、北条先生原作の世界観を崩したくない方は、早々にお帰り下さい 。
ここでお帰りにならず、内容に不快を感じた場合の責任は負えませんのであしからず。


★ 本ブログは個人的な趣味の範囲で開設したブログであり、
  原作者、各出版社、テレビ局等各関係者様とは一切関係ございません。
  また、全ての作品はフィクションであり、
  実在の個人・団体・事件等とも一切関係ありません。

★ 管理人はブログ&二次創作の知識がアヤシイので、色々不手際があると思います。
  予めお詫びいたしますm(_ _)m
  心優しい方々のアドバイスお待ちしています。

★ 拍手・感想・ご意見大喜び。リクエスト(あるかいな…)随時募集。荒らし御免。

★ CITY HUNTERファンに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
  ご連絡頂けたら更に嬉しいです。
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   ブログ名:Buliitt…その破片

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★ 基本設定:
(長編)原作エピソード+原作終了数年後
(短編)原作設定+〇年後?(ご想像におまかせ)

★ 登場人物:原作キャラ+オリジナルキャラ
★ 冴羽リョウ:冴羽燎と表記します。
★ 原作引用:引用箇所についての注記は、『CITY HUNTER COMPLETE EDITION』
 (徳間書店)の巻数とエピソード番号を示します。解説では、『CH C/E』と略します。
★ 更  新: 1~10日に一度が目標です f(^_^;

★ こんな2人もありよね!!
 と、おおらかに受け入れて下さる方、どうぞコチラのアナザーCHワールドへ!!

since 2013/ 3/26

目次

目次
★CITY HUNTER 二次小説(長編)

※発表順です。( )内は、お話の設定年月です。

「花信風」全18話(1992.3)
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18

「青嵐」全21話 (1992.6)
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21

「つむじ風」全30話(1993.9)
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30

「つむじ風の足跡」全5話(1993.10 「つむじ風」のおまけ話)
1、2、3、4、5

「透間風」全37話(1991.11)
pro、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、epilogue

「春疾風」 連載中(1991.9)
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、


★CITY HUNTER 二次小説(短編/時間シリーズ)
※ 発表順ではありません。お好きな時間をお楽しみください。
00:2001:1001:4502:2005:2509:5511:4512:5513:3014:4015:1015:5016:1517:1019:1019:5020:15【A面】20:15【B面】22:2022:50【A面】22:50【B面】

★CITY HUNTER 二次小説(短編/Newsシリーズ)
※発表順です。

三保の松原24億円?イリノイの遺品懲り五輪?中秋の月光に60年の家族(前)、(後)それでも、だから、これからを憲法記念日ブリタニ―29

★CHの考察
※発表順です

Report#1. メディアミックスReport#2. 城市猎人 (中国版「シティーハンター」)/Report#3. 冴子&海坊主
Report#4. 神回の音効report#5 冴羽リョウのもっこりについての浅はかな分析report#6 「愛宿」が凄かった件

★賜物
小谷野さま」/「ヨフカシさま、えびすなさま」/「あさのみさま

★イベント
「City Hunterへの依頼大募集」(御礼)/「調査報告書/PROJECT O-31」/Trick-or-treat!

春疾風-28

「気づいてくれましたね。」
指さされたハンカチを見て、今更ながらそれが新品だと気づく。

「…わざとか。」
忘れものを装った呼び出しとは、俺も古い手に引っ掛ったなと舌打ちする。

「どうしても、話がしたかったので。」
ふん、と鼻を鳴らして1階へ降りる。
ガレージを見回したが菜都芽の姿が見当たらない。

「菜都芽はどうした?」
「車で待ってもらってます。」
「…話ってなぁ、なんだ?」
「香さんはどうしてます?」
「香が、何か関係あるのか?」
「突っかからないで下さいよ。彼女には聞かれたくないだけです。」

いつの間にか“香ちゃん”が“香さん”になっている。
「…上にいるよ。」
俺がぞんざいにハンカチを渡すと、火野は丁寧にポケットへ入れた。

「香さんには、悪い事をしました…。」
俺は黙って壁に背を預けると、火野の懺悔に付き合うことにした。

「僕、初めて香さんに出会った時、彼女がこんな猥雑な街にいるのは、きっとなにか間違って迷い込んだと思ったんです。…冴羽さんも分かるでしょうけど、この街に迷い込んでしまった女性は、場合によっては二度と抜け出せなくなる。僕も、そんな女性を何人も見て、そして見過ごして来ました。僕にどうにかできるとは思えなかったし、正直、他人の面倒を見ている余裕なんかなかったから。でも、香さんはなんだか気になって…。」

ポケットを探ったが煙草はない。
仕方なくそのまま深く手を突っ込むと、火野が更に語りだした。

「…何度かフラワーアレンジメントを教えているうちに、彼女がシティーハンターのパートナーだと知りました。そんな裏仕事をしているなんて信じられませんでしたよ。それこそ何かの間違いか、騙されてるんじゃないか、ってね。でも彼女、仕事やあなたの話をする時、溜息を吐きながら笑うんですよね。それもやけに満足そうに。僕にはそれが不思議で溜まらなかった。そして、話を聞くうちに、会ったこともないあなたへの苛立ちが募りました。」

「…会ったら益々イラついたか?」
ふてくされて見えたのだろう。そっぽを向いたら苦笑された。

「香さんに、そんな危ない仕事辞めて、普通の生活を送りたいとは思わないの?と聞いたことがあるんです。そうしたら彼女、なんて言ったと思います?」
「さぁな。」
そんな分かり切った答えに興味はなかった。
香の“普通の生活”は俺が潰したようなものだ。こいつに恨み節のひとつぐらい言ってても、俺には何の不思議もない。

『今は、燎といるのが普通の生活だから…。』
火野が妙に高い声で、茶化すように香の口調を真似たが、俺の頭には香の声が響いていた。

「…もしも今回の事がなかったら、僕はあなたに挑戦しようとしたかもしれない。でも、あんな風に言われちゃぁ…敵わない。」
「…今回の事件が起きなきゃ、結果は違ってたか?」
「どうですかね。――でも、事件は起きました。いえ、僕に言わせれば、菜都芽の事だからいつかやらかすと思っていましたけどね。」

“やらかす。”という言葉に思わず二人で笑ってしまった。

「変な奴だな。厄介な女が好みなのか?」
「でも、可愛いでしょ?」
「けっ。再会した途端に惚気かよ。」
「冴羽さんも好きですよね? 厄介な女。」
俺は肩をすくめて笑った。

「あ、そうだ。あの薔薇…」
「薔薇?」
「市場で僕がプレゼントしたあれです。」
「あれが…どうかしたのか?」
あの薔薇のおかげで散々な気分になっていた俺は、尖った声で言った。

「香さん、あれを見て“一本だけで寂しそう”って言っでしょ?」
そう言えばそんな風に言っていた。
そして俺は、火野になにやら耳打ちされた香がやたら赤面していたのが、気になっていた。

「僕、あの時、“冴羽さんみたいだね?”って言ったんです。」
「あ?」
「一匹オオカミみたいな薔薇でしたからね。綺麗だけど近寄りがたいというか…だから、あのかすみ草は、香さん代わりです。」

(あの薔薇が、俺…?)
胸から熱いものがせり上がって来て、俺は目を瞬かせた。


「冷えて来た…もう、行きます。」
「あぁ。しっかり抱いてやれよ。」
「冴羽さんも。」

その言葉に、俺は沈黙を返した。

道路の向かいに停めた車に乗り込んだ火野に手を挙げて別れを伝えると、菜都芽が助手席から身を乗り出して笑顔を見せ、火野と揃って頭を下げた。

そして車は、すっかり暗くなった街に溶け込むように走り去った。


春疾風-29につづく

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

春疾風-27

音に驚いて火野が駈け込んで来たが、平静にハンマーを押し退ける俺を見て、呆れ顔になった。

「な、何やってるんです?」
「あ、あははは。お騒がせしちゃって、ごめんなさい。あ…菜都芽さんは…?」
「はい、おかげさまで気が付きました。まだ、ちょっとふらつくようですが…」

その言葉に応える様にやって来た足取りの覚束ない菜都芽を、火野がそっと支える。
二人がそろってソファーに腰を下ろすのを、香は穏やかな笑みで見守っていた。

「冴羽さん…ご迷惑おかけしました。」
「いや、危険な目に遭わせてすまなかった。それに、チューリップも盗まれてしまったし…。」
「いいんです。発表はもう諦めます。元々、研究の本筋とは関係ないものですし。でも…」
「でも、悪用されては困るんです。」
火野が彼女の言葉を繋ぐ。

「――チューリップの行方は、今、ミックが追ってる。」
「本当ですか?!」
「あぁ。行方が分かったら知らせよう。」
「とにかく、あれが原因で研究が止まる事だけは避けたいんです。もし被害者が出たら、取返しがつかない。」
火野がまるで自分の事のように熱を込めて言った。

「まぁ、情報が表に漏れるとは考えにくいが…。」
「本当ですか?それなら、研究をストップしなければならない事態は避けられますね?」

火野の言質を取る勢いに、さすがの俺も腰が引けた。
ミックから得ている情報も曖昧なものだ。大丈夫、保証するなんて断言できる訳がない。
僅かに眉を顰めた困り顔をしたら、脇にいた香が口を開いた。

「信司先生、菜都芽さん、今回の事は本当にすみません。でも、あたしたちは中途半端に仕事を終わらせたりはしません。信じて下さい。ただ、今ははっきりした答えが出せないんです。だから、少し時間を下さい。何か分かったら必ず報告しますから。」

「…分かりました。よろしくお願いします。」
静かに頭を下げた菜都芽を見て火野も無言で頭を下げ、俺は胸を撫で下ろした。

まったく、依頼人との交渉は香には敵わない。
金の算段やら日程の調整やらはもちろん、拗れかかった依頼人との関係を宥め収めるのは香の方が上手い。なんだかんだと俺の我儘が通るのは、香のフォローがあるからだと分かっている。感謝してる。どれくらい感謝してるかって、香の頬にキスしてやりたいくらい感謝してる。
ま、実際はその横顔を視線で撫でるしかできないんだが。


「菜都芽さん、もう少し休んで行きますか?」
「いえ、あの…。」
「香ちゃん。僕が送ってゆくよ。」
「ぁ…そうですね。自宅の方がゆっくり休めますよね。」

香は小さく肩をすくめた笑顔で立ち上がり、先立って玄関へ向かう。
その後ろからのそのそとついて行ったら、二人がお世話になりましたと頭を下げたから、俺は、また連絡すると事務的に別れを告げた。
玄関扉が閉まる寸前「ありがとう。ごめんね。」と呟いた火野に香が何か答えようとしたが、扉はそれを遮って静かに閉じた。

「香…」
「さぁて、片付けなきゃ。」

俺の呼びかけが聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか。
香は俺に背を向けたまま、ぐっと腕を伸ばすと、自分の部屋へ行ってしまった。

伸ばしかけた俺の手は、香の肩には届かなかった。
(ほっといて…。)
そう言われた気がした。

俺が香の父親だったら、残念だったなと茶化してやるのだろうか。
俺が香の兄貴だったら、男は他にもいるさと励ましてやるのだろうか。
何も言えず、何も求められない。
またしても香の何者にもなれない自分にイラつきながらリビングへ戻る。

ソファーに身を沈め、煙草に手を出す。ここ数日で何本灰にしただろうか。
オイルが切れて来たのか、ジッポの火が小さく揺れる。

俺は、天井を眺めながら立ち上がる煙をぼんやり見つめた。

香が火野にのめり込んでいたとは思えない。ただ、自分好みだったんでときめいたんだろう。
恋愛偏差値マイナスな香のことだ。上っ面の輝きに目が眩んで足元がふらついただけだ。一瞬の光に惑わされて熱が上がったってだけだ。日常に戻れば、そんなものまやかしの光だったと気づくだろう。
…けれど、眩しい光が突然消えた時の闇は、いつもより暗くて、寒い。

でも、だからって、どうする?イイ男は目の前にいるじゃないかと励ますか?いやいやいや、そんな懐中電灯携えて香の足元を照らすような真似…あまりにワザとらしいし、柄じゃねぇ。第一、このタイミングでそんなことを言っても香は信じやしないだろう。
今夜は触れないでおこう。明日になれば、きっといつもの香に戻る。そうさ、先ずはいつもの俺たちに戻って、それで…後の事はそれから考えよう。

灰皿を探して視線を下げたら、サイドテーブルに飾られた薔薇が目に入った。
火野が香に贈った花だ。
薔薇が火野でかすみ草が香か…。まぁ、そうだろうな。自分を薔薇に例えるなんざ気恥ずかしくて俺にはとてもできないが、花屋ならばそんな贈り方にも慣れているんだろう。
だが、香がどう感じたかは別問題なわけで…。

花に罪はないとは言え、火野が菜都芽とよりを戻して去った今は、堂々と咲く様子が余計に目障りだった。いっそ黙って片付けてしまおうかと花瓶に手を伸ばし、ふと、見知らぬ男物のハンカチに気づいた。

(火野の物か?)
煙草をもみ消してベランダに出ると、道路脇にまだ火野の車が停まっていた。
駆け下りれば間に合いそうだ。
いや、ハンカチなんて急ぐ物じゃない。
駆け下りて追いかける程のことじゃない。

だが俺は奴を追いかけることにした。
香に悟られないように無音で玄関をすり抜け、階段を駆け下りる。

奴にひとこと言ってやりたかった。
再会するつもりがないなら、なぜ菜都芽を助ける様な事をした?
菜都芽との再会を期待しながら香に色目を使ったのは何故だ?
菜都芽に会えない寂しさを香で埋めようとしたのか?
香に何を期待した?
少しは香の気持ちも考えたのか?

そんな考えを巡らせて1階まであと10数段という所で、はたと足を止めた。
俺が口を挟むのは可笑しくないかと気づいたからだ。

香の気持ちを分かってないのは自分じゃないのか?
そもそも、火野に何を言ってどうしたいんだ?
思考回路がどうかしている。香が吹っ切ろうとしている気持ちを俺が蒸し返してどうする。


「冴羽さん!」
やはり止めようと足を戻したが、階下から火野に呼び止められた。


「春疾風-28」につづく

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

春疾風-26

「はーぃっ。」
俺の手からすり抜けた香が駆けてゆく。

蛇口を閉じると玄関からくぐもった男の声がして、見れば火野が突っ立っていた。
「ま、上がって下さい。」
「でも…。」
火野は菜都芽の靴を横目にして動こうとしない。
「上がれ。」
俺はここまで来ておいて躊躇う火野にイラついた。
硬い口調に気圧されたのか、奴は軽く頭を下げて靴を脱いだ。

「丁度よかった。コーヒー入れるところだったんですよ。リビングで待ってて下さいね。」
香が小首を傾げた作り笑いを見せて、キッチンへ消える。

俺は、突っ立っている火野に構わず、ソファーへ腰を下ろした。
煙草を摘まみ、ジッポーを手にしてふと気づく。そう言えば昨晩見つからなかったジッポーだ。…どこにあったのだろう。

「あの…」
「あ?」
一瞬、火野の事を忘れていた。

「あの、彼女は…?」
「安心しな。菜都芽ちゃんは香の部屋でぐっすりお休みだ。」
「僕、やっぱり…」
「会えない、か?」
目を伏せて小さくうな垂れる。

俺はカシュッと金属の擦れる音をさせ、ジッポーで煙草に火を点けた。
火野はソファーの脇に立ったまま動かず、視線を泳がせながら背中で必死に菜都芽の気配を探っている。

「帰るんなら、今のうちだぜ。」
俺は肺まで吸い込んだ煙をバラの花に吐きかけ、煙草を灰皿に押し付けた。
半ばヤケクソなのは俺の方かもしれない。

ほのかにコーヒーの香りが漂って来る。
このままでは、すぐに香がやって来てしまう。

「…あのな、俺らの嘘は、香にぜーんぶバレてっから。」
「え?」
「お前と菜都芽ちゃんの過去の関係もバレてっから。」
「冴羽さんが話したんですか?!」
「問い質されたんだよ。…しょーがねぇだろぉ、さすがに変だと気づかれたんだ。」

「…お節介だな、香ちゃんは。」
唇を尖らせた不満顔をしてはいるが、まるで迷惑そうに見えない。

「そういう奴なんだよ、香は。しょーがねぇお節介で…。だけどお前よりずっとお前ら2人のことを考えてる。」
「…香ちゃんの気持ちは嬉しいです。でも――。」

香の気持ち? 
香がどんな気持ちでお前を呼んだかなんて、俺は知らない。

「帰れよ…――香の気持ちをお前の言い訳にするな!」
底冷えのする声で睨むと、火野は静かに言葉を呑んだ。


「お待たせ! やだ、信司さんこんなところで突っ立って何やってるんですか。さ、コーヒー入りましたからどうぞ。」
やって来た香の明るい声が、うすら重い空気を押し退けた。

「香ちゃん、・・・ちょっと、彼女の様子見させてもらっていいかな?」
「え、えぇ。もちろん。奥のあたしの部屋です。ちょっと散らかってて…すいません。」
「いや、僕こそ申し訳ない。」

甘い笑顔を見せて香とすれ違い、火野はそっとリビングを出ていく。
香はコーヒーを手にしたまま、その背中を見送った。

「…冷めるぜ、コーヒー。」
「あ、ごめん。」

トレーの上には3つのコーヒー。
ひとつ、ふたつと並べ、残りのひとつはトレーに置いたままサイドテーブルへ。

香はソファーの端にちょこんと座り、置き去りにされたコーヒーから立ち上がる細い湯気を見つめていた。

菜都芽が気付くのは時間の問題だ。いや、ほんの少し触れればすぐにでも目覚めるだろう。

カップを手にした香の意識は、完全に奥の部屋に向いていた。
俺の手はマグカップには届いても、香の肩には届かない。
コーヒーがやけに苦くて、一口だけ飲んでテーブルへ戻した。

香はガラス繊維のような冷たい空気を身に纏い、鈍く反射する光で俺の目から心を隠す。
もしも乱暴に剥ぎ取れば、崩れるガラスで傷つけてしまいそうだ。
そう言えば、まゆ子ちゃんの時も、こんな空気を纏っていたっけ。
あの時俺は、ただ香に追い縋っただけで何も支えてはやれなかった。
香は独り泣き崩れ、そして独りで立ち直った。

今もまた、独りで心を冷そうと躍起になっている。
俺はまた、手を拱いてやり過ごすのか?

「苦いね…」
両手でカップを持って、ソファーに蹲る。
「砂糖でも入れろよ。」
入れたところで優しい味になる訳もない。俺は何を言っているんだ。
「そう…ね。」
香は苦笑いしてカップに口をつけた。


ふと、香の部屋の気配が、一瞬ひどく張り詰め、だがすぐにふわりと穏やかになった。
顔を上げると香も俺を見た。
「気がついたらしい…。」
「うん。なんか、分かる。」
大したもんだ。人の気配をここまで読めるようになるとは。


(ごめん。)(ごめんね。)

漏れ聞こえてきた火野と菜都芽の声。

リビングの戸口に目を向けた香の表情は見えなかった。だが、すぐに向き直ると、奥歯をきゅっと締めた笑顔を俺に見せた。

「へへ。作戦成功。」
「ふん、よけーな事を。」
「何がよ。」
「おまえのお陰で特別報酬がパーだ。」
「まさかあんた、性懲りもなく菜都芽さんにもっこりを…」
「ま、まてっっ…」

いつもの空気と共に姿を現したハンマーが轟音を響かせ俺に圧し掛かかり、それと一緒に香を包んでいたガラスの空気も砕け散った。
良かった。
俺はハンマーの下敷きになりながら密かに肩を緩め、息を吐いた。


春疾風-27につづく

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

春疾風-25

あの2人がここ何年も会っていないと分かって、香は何を思ったのだろう?
火野と菜都芽が別れていたら、香はどうするのだろう。
やっぱり、火野と付き合いたいのだろうか…
だか、それならなぜ火野を呼び出した?
2人が顔を合わせれば、きっと焼け木杭に火がつく。
いくら鈍い香でも、そんなことぐらい分かるだろう。

俺はテレビの脇にストックしてある煙草を取り出し、灰皿に置いてあったジッポーで火を点けた。
以前は火事になる寸前まで山になっていた吸い殻が、今は毎日片付けられている。
いや、そもそも灰皿なんていつからあった…?

見回してみれば、いつからあるのか分からないものが俺の回りに溢れている。

揃いの食器、パステルカラーの歯ブラシ、肌ざわりの良いタオル、太陽の匂いの布団…。
どれも、香が持ち込んだ小さなものだ。
煙草の吸殻は灰皿に捨てる事、使ったタオルは洗濯機に入れる事、コーヒーを飲み終えたマグカップはシンクに置いておくこと。
どれも、香が決めたケチなルールだ。

香が初めて来た時、ここはごみ溜めみたいだった。
あったのは“無法”というルールだけ。

それまでの俺にとって、守らなければならなかったのは戦場のルールだけだった。
銃火器の扱い、作戦のやり取り、戦場の確認。
ひとつ間違えれば命取りになるルールは、きっちりと守った。
自分が死にたくなかったからじゃない。仲間を、親父を失いたくはなかったからだ。

だがそれも、アメリカに流れ着いた頃にはどうでも良くなっていた。
失いたくないものがなかった。自分の命もどうでも良かった。
それなのに、染み付いた習慣で身体は勝手に戦場のルールを守り続け、いつの間にか、死神にすら嫌われたNo.1スイーパーなどと言われるようになった。

そんなかつての俺の相棒や女達の中には、口うるさくルールを唱えた者もいた。
飯は食え、ダウンタウンで酔いつぶれるな、やたらと敵を作るな…

だが、そんなものは、俺を支配するためとしか感じられなかった。
俺が何を食おうと、どこで眠ろうと、彼らの命とは無関係だと思った。
俺を殺してくれる誰かを待っていたから、敵なんか増え続けて構わなかった。

そうやって拒み続けていたら、彼らはいつの間にか俺の前から消えていった。


けれど、香は少し事情が違った。

『香をたのむ。』

槇村の“依頼”を受けて、俺は香を守ることになった。

始めは何だったろうか。
ゴミはゴミ箱へ、吸い殻は灰皿へ。そんなところか。
まるで子供のルールだ。守らなくても命には一切関わらない。

面倒だったが、まさか本当に“預かりもの”にパートナーをやらせる訳にも行かず、香の気晴らしになるならと思い、好きに家事をさせていた。

そして季節が変わるのを待つ間もなく、香は俺の生活をハイスピードで改造していった。

時間どおりに整えられる食事、酔った身体から剥ぎ取られて洗濯される服、埃の影も見当たらなくなった床。
どうでもいいと思っていたのに、澄んでゆく室内の空気に心地よさを感じ、明るくなる空間に温もりを感じ、暖かい部屋の中で眠る安らぎを覚えた。

そしていつしか、ただのコンクリートの空間が、俺の“家”になった。

崩れかけた灰を叩き落とした煙草を咥え、ソファーに寝転んだ。
目を閉じると、キッチンからシュンシュンと湯が沸く音が漏れ聞こえて来た。
すぐにコーヒーの香りが漂ってくるのだろう。

香がいなくなったら、この“家”はどうなるんだろう…

香がこの“家”からいなくなる。香を表の世界に返すということはそういうことだ。当然のことなのに、香がいない“家”の想像がつかない。香が消えたら、この“家”は蜃気楼のように消える。そんな気がしてならない。

瞼を押し上げて天井に向かって煙を吐き出すと、リビングの空気が曇った。

『香をたのむ。』

槇村の最後の言葉が頭の奥に霞んで響く。

海原の脅威は取り去った。これからの危険も俺が排除する。香の命は俺が守る。
心密かに固めた決意だ。だが…それは本当に槇村の願いだろうか。
香を表の世界に戻し、至極平凡な毎日を過ごさせていたなら、例え明日、香の命が尽きたとしても、槇村は俺を恨まないんじゃないだろうか。

しわくちゃのばばぁになるまで香を守っても、俺といる限り、平凡とは程遠い。
毎日神経が磨り減るこんな暮らしは、槇村が香に与えたかった日常ではないだろう。

香と想い合ったと感じたのは、きっと、ただの種族維持本能。
香をどうかしてしまいたいと思うのは、きっと、ただの劣情。

香を守る? 一番アブねぇのが自分だっていうのに?
俺は、報酬も期限もない槇村の依頼を言い訳にして、香を縛りつけているんじゃないだろうか…。

きりっと歯を食いしばったら頬に灰が落ちたもんだから、俺は慌てて灰皿でもみ消した。

キッチンからは、まだシュッシュと湯が沸く音が聞こえる。
コーヒーの香りがしてこない。
(……?)
違和感を覚えてキッチンを覗くと、香がシンクに向かってじっとしていた。

「…香?」
「あ、コーヒーね、ゴメン。もうちょっと待って。」

見ると、少し頬を歪めてシンクの水桶に手を浸していた。
手の甲にはうっすらと赤い線が走っている。

「何やってんだ!」
「へへ…ちょっと、火傷しちゃった。」

浸した手を挙げ、ひらひらと水滴を飛ばしておどけて見せる。

「バカ!んな冷し方じゃダメだ!」

思いのほか大声になって、香がビクリと肩を窄めたが構わなかった。
細い手首を強引に掴むと、捻った蛇口から勢いよく流れ出る水へと突っ込んだ。

「ちょ、大丈夫だから。離して。」
「動くな…痕になる。」

俺の手から逃れようと腕を引いた香をすかさず引き戻す。
ガス台の火は消し、煩く湯気を噴き出していたヤカンは黙らせた。
ザァザァと飛び散る水が俺と香の手を濡らしてゆく。

二人して流れる水を見つめても何も言えなくて、手の甲はジワジワ冷えてった。
脈を探るように無骨な指を動かすと香の手首がふぅっと熱を帯びた。
ヤカンの火を止めるんじゃなかった。指先から自分の鼓動が香に伝わってしまいそうだ。
指先が震えるのは、水が冷たくて痺れてきたからで、他の理由なんかない。
それとも、震えているのは香の手…?


“ピンポーン”

耳障りな水音を軽快な玄関チャイムが断ち切った。
指先を緩めると、香の冷えた手が滑るように俺から抜けていった。


春疾風-26につづく

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

春疾風-24

「春疾風」-24

キッチンの入口からそっと窺うと、廊下に菜都芽が倒れていた。

「菜都芽ちゃん?!」
慌てて助け起こすと、菜都芽はぼんやりしながら手足をばたつかせ、必死に抗って来た。

「菜都芽ちゃん。俺だ!」
「冴羽さ…ん?」
「大丈夫、もう大丈夫だ。落ち着いて。」
静かに言い聞かせると、菜都芽は再び気を失った。

「彼女、大丈夫?」
「薬が切れて来たな。もう暫くすれば、意識もはっきりするだろう。」
「そう、良かった…。」
穏やかな顔で眠る彼女の様子を見た香が、ふっと背を向けて離れ去る。

「香?」
彼女を寝かせて後を追うと、リビングで電話を掛けていた。

「…それであの、ちょっとお話したい事があるので、すみませんが戻って来てくれますか? はい、できるだけ早く。はい、待ってます。」
話し終えると、静かに受話器を置いた。

「…香?」
「…やっぱり、彼女が目覚めた時に、信司先生がいた方がいいと思うの。…違う?燎?」
「あ、あぁ。」
俺に背を向けたまま、電話に手を置いて呟く。

「信司先生ね、すごくほっとした声だった。」
「…そうか。」
「やっぱり心配だったのよね。」
「まぁ、そうだな…。」
くぐもった声に、俺はどうにも曖昧な受け答えしかできない。

「どうして、会えないのかな。」
「あ?」
「信司先生、菜都芽さんには会えない、って言ってた。」
「それは―」
「でも、会いたくない、とは言ってなかった。」
「…。」
僅かな語尾の違いに込められた想いに、香は溜息を吐く。

「信司先生、菜都芽さんのこと、嫌いになっちゃったのかな…。」
「…。」
そんなこと、俺に聞くな。

「でも、嫌いだったら、そもそも今回の事に関わらなかった筈よね。」
自分に言い聞かせるようにひとつひとつ噛み締める声は、ひどく弱い。
こんな時ばかり鋭くなる香の推理力は、外れていないだけに厄介だ。

俺は所在なく突っ立ち、ジーンズのポケットに手を突っ込んでいた。
不意に香がくるりと振り向き、俺を見据える。

「…誰だったの?」
「あ?」
「依頼人よ。結局、誰が依頼人だったの?」

こうなっては言い逃れても意味がない。
ハンマーで香の気が晴れるなら安いもんだと覚悟して、俺は静かにソファーに腰を下ろした。

「俺が最初にこの話を聞いたのは、菜都芽ちゃんからだ。」
香は立ったまま、黙って俺の話を待っている。

「で、彼女から話を聞いたその晩に、おまえが火野のボディガードの話を持って来た。」
「彼女の依頼はどこからよ?」
「…伝言板です。」
大人しく頭を垂れてハンマーを覚悟したが、香は視線を伏せただけだった。
いっそ殴られたい。だが、そういう時に限って香は俺を責めない。

「それで?」
「それで、って…俺も最初は2人が何を狙っているのかよく分からなかったさ。だから暫く様子を見ていたんだが…、そうこうしている内に、おまえに言いそびれたってーか…。」

「それで?」
「それで、って…。」
「菜都芽さんに、シティーハンターに依頼するよう勧めたのは、信司先生?」
「あれは-。」
そうだ、あいつのあの嘘のお陰で、話が絡まったんだ。

「信司先生の、嘘?」
「あぁ…。だがあれは―まぁ、俺が悪かった。」
「…何で?」
「俺が頼んだんだよ。おまえには黙っててくれってな。」
「何を?」
「だから、俺が勝手に菜都芽ちゃんの依頼を受けていたことをさ。」

俺を見ていた香の視線が横に逸れた。
その瞳の先にあるのは、真っ赤なバラとかすみ草だ。
そして、小さく首を傾げて瞬きをすると、ゆっくり天井を仰ぎ見た。
自分の中で事態を反芻している様だ。

「信司先生と菜都芽さんは、今回の件を話し合ってないのね?」
「…だろうな。」
「やっぱり、二人は何年も会ってないんだ。」
「――そう、なるな。」
「そう…。コーヒーでも入れるわ。」

伏せ目がちにリビングを出て行く香の背中に影がかかる。
コーヒーじゃなく酒をかっ喰らいたい気分だったが、そうも言えない。

吾関せずと優雅に咲くバラが恨めしくて、俺は盛大に溜息を吐いた。


「春疾風25」につづく

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

春疾風-23

夕方の渋滞前にアパートに帰り着くことができた。

エンジンを切り、後部座席に目をやると、菜都芽はまだ人形の様に眠っていた。
俺か火野が菜都芽を背負って家に上げてやらなければならない。
さてどうするかと思案していると、火野が何も言わずにミニから降り、隣に停めてあった自分のバンに乗り替えた。

「火野?! おい、どこに行くんだ?」
「…僕、急ぎの仕事を思い出したから店に戻ります。すみませんが彼女を頼みます。」
「それは、構わないが…」
「あ…じゃぁ、彼女が目覚めたら電話します。」
「ありがとう。香ちゃん。」

エンジンを掛け、小さく頭を下げて早口で礼を言う。
火野は菜都芽を見やる。その目は、とても遠い。
そして、何かを振り切るようにアクセルを踏み込むと、夕闇が迫る新宿の街へ出て行った。

思いがけない奴の身勝手な行動にあっけに取られた。
だが、火野にしてみれば何年も顔を合わせていなかった元カノの大切なチューリップを盗み出した上に、危険な目に合わせた訳だから、逃げ出したくもなるだろう。

「仕事だなんて…本当かしら。」
「ま、あいつがそう言うなら、そうなんだろうさ。」
「でも…信司先生1人にして大丈夫なの?」
「チューリップも、もう奴の手元にはないからな。危険はない。」
「うん…。」

香は火野が走り去った跡をじっと見つめている。

「香、ガレージで突っ立っていても仕方ない。取りあえず上がろうぜ。」
「そうね…。」

菜都芽を背負って6階まで上がる。
香は、客間のベッドを整えに、一足先に駆け上がった。

「やれやれ。メディカル・フォーの奴ら、一体どんな睡眠薬を使ったんだ。まだぐっすりお休みかよ。」
「でも良かったわ。菜都芽さんが無事で。」
「まぁ、な。」

俺は、菜都芽が目覚めた時に火野がいないことに少し安堵していた。
だが、だからといって香に何をどう伝えたものか、解決策が見つかった訳でもない。
小さな嘘を繰り返した挙句、香への説明はあちこち矛盾だらけになっている。

日も暮れて、部屋には暗がりが広がっている。
香は明かりも点けずに、じっと菜都芽を見つめている。
その表情が沈んで見えるのは、暗がりのせいだけじゃないだろう。

「なぁ、香…。俺たちも一息入れようぜ。腹が減ってしょうがねぇや。」
「あ、うん。」

朝食も食べ損ねていた俺は、昨晩から何も食べていなかった。
すぐ目の前に解決しなければならない問題はあるが、正直、空腹に耐えられなかった。

香はエプロンを着け、俺はまるで何事もなかった日常のように冷蔵庫からビールを取り出した。
フライパンを振りながら「本当はシチューにするつもりだったの」と言う香に「ふぅん」と生返事して、ビールを空ける。

牛のコマ肉を丁寧に煮て作るコスパの高いビーフシチューは、香の得意料理だ。
火野に食べさせてやろうと思っていたのだろう。
ビールが空になると、シチューになるはずだったコマ肉が人参やキャベツ入りの野菜炒めになってテーブルに上がった。

「いただきます」と、がっついた俺を見るでもない。
香は自分の箸先を追っているだけで、さして食は進んでいない。ついには箸を置いて溜息を吐いた。


「あたしたち、今回、依頼を果たせなかったのよね。」
「あ?」
「だって、チューリップは盗まれちゃったし、菜都芽さんも危ない目に合わせてしまったし…」
「…チューリップの行方は、ミックが追ってる。」
「えっ?!いつの間に? あ!もしかして、あの空撃ちはミックへの合図だったの?」
「そういうこと。あいつは元々メディカル・フォーを追っていたからな。もしかすると、既に奴らの行く先に先回りしているかもな。」
「でも、ミック1人で大丈夫?」
「大丈夫だろ。」

空になった茶碗を差し出しておかわりを強請ったが、無視された。

「そんなの無責任だわ!ミックの身体はまだ万全じゃないから、共同で動くのは無理だと言ったのは燎じゃない!」
「それは、そうだが…」

差し出した茶碗をすごすごと下ろす。
香は自分の茶碗に目を落とすが、冷めてゆく飯のことなどまるで見ていない。
その内、だんだんと頭が垂れて顔が隠れてしまった。何を思っているのか窺えない。
何かを伝えようと口を開いたが、何から伝えればいいか分からない俺は、また唇を閉じた。


「結局…今回の依頼は、誰からだったの? 菜都芽さん? それとも信司先生? どうして何も教えてくれなかったの? 信司先生だって…きっと何か隠してる…。あたし独り心配して…バカみたい。」

香の心で膨らんでいた不安と疑心の風船が破裂した。
一気に捲し立てられた俺は、空っぽの茶碗を持ったまま、ひとことも言い返せない。

「まぁ、その、なんだ…色々…な。」
色々って何だ。何を言おうとしているんだ。次の言葉もないってのに、言い訳めいた接続詞ばかりが口をついて出る。

「――信司先生と菜都芽さん…恋人同士、だったんでしょ…」

力が籠っているのか、箸を握る指が青白い。
結局、知りたい事実はそれなのだろう。

「今は――どうかな。」
「…どうって?」
「だから、火野と菜都芽ちゃん。」
「今は、恋人同士じゃない?」
「あ、あぁ。」
「…そんなことまで知ってたんだ…。」
「いや、それは…おまえだって見てれば分かるだろう。今も恋人同士なら、あいつも仕事を口実に逃げたりしねぇ。」
「口実?」
「あ、いや、仕事を優先したってことは、まぁ、今は、ただの友達かな~って…。」
「…そう?」
「そうだろ。それとその―― 依頼者の件は、おまえが混乱するかなーと思って…。」
「混乱って、なにが?」
「いや、その…おまえ、火野のことが――。」

ふっと向けられた褐色の瞳に見つめられ、俺はその先の単語を飲み込んだ。
箸を咥え、目の前の空っぽの茶碗に目を落とす。
香の視線が細い細い糸になって、茶碗を持つ俺の手に絡みつく。
俺たちの間の空気は静かに沈み、コンクリートみたいに固まってく。

息が詰まりそうだ。


“ガタン”


不意に廊下から響いた物音に椅子から立ち、腰元のパイソンに手をやった。
香は素早く身体を伏せ、テーブルの影に隠れる。

まさか何者かの侵入を許してしまったのだろうか。
項の辺りにヒヤリとした汗が浮く。


「春疾風-24」につづく

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ジャンル : 小説・文学

春疾風-22

幸い、住宅街は長閑なままで、一瞬の小火に騒ぎ出す住民もいなかった。

辺りを見回すと、階段脇の防塵ネットに穴が空いているのを見つけた。
穴を抜けて隣宅を横切ると、一本裏の道路へ抜けられるようになっている。隣宅は庭の広い平屋住宅だが気配がない。留守のようだ。
奴らはこの穴をくぐって逃げたのだ。当然に男達の姿は見当たらなかったが、俺は慌てなかった。

「燎ぉ!? 大丈夫?」
二階から見下ろすと、香が恐々とこちらを見上げていた。
「あぁ、火は消した。すぐ降りる。」
親指を立てて見せると、香が笑顔を返してきた。
その笑顔で彼女が無事なことを知る。

階段を下りて再び雑草を踏み越え、菜都芽が見つかった1階の部屋へ向かう。
「彼女は?」
「薬を飲まされてるみたい。ひどく深く眠ってるわ。でも、怪我もなさそう。」

菜都芽は寝袋に包まれ、床板が歪んだ埃だらけの部屋で眠らされていたが、火元から一番遠い場所にご丁寧に寝袋に包んでおいたということは、恐らく奴らも彼女を傷つけるつもりはなかったのだろう。

「よかったな。」
「うん。」
「まるで、眠り姫だな。」
「…な に し て る のよッ!」
「え? って、痛ててててて。何するんだ!」
香に後ろ髪を思い切り引っ張られ、目の前にあった菜都芽ちゃんの唇が一瞬で遠ざかった。
どうやら、条件反射で彼女に唇を近づけていたらしい。全く、本能ってやつは恐ろしい。

「この様子じゃ、あと数時間は眠ったままよ。家に連れて帰りましょ。車回してきて!」
眉を吊り上げる香に不満気に唇を尖らせたら、10tハンマーとキスする羽目になった。

「早く!」
「わーったよ。もう…。」

尻を叩かれて防塵ネットの隙間から顔を出すと、路地の角から火野が駆け寄って来た。
「彼女は?!」
「安心しな。無事だ。」
それを聞いた火野は大きく息を吐き、ふらりと後退った。

「どうした?」
「あ、いえ。無事なら良かったです。」
「彼女は薬で眠らされている。俺が車を持ってくるから、ここにいてくれ。」
「ぁ…僕が、車を回して来ます。」
「…彼女の様子を見なくて良いのか?」
「後で、いいです。」
そう言って火野は頑なに彼女を見ることを拒んだ。
彼女をこんな目に合わせたことに居た堪れなくなったか。

「じゃ、頼むわ。」
俺がキーを渡すと、火野はミニを停めた場所へと足を向けた。

「あ、そうだ。ミックはどうした?」
走り出した火野を呼び止める。
「彼は、冴羽さんたちがアパートに入って暫くしてから、“別行動する”と言っていなくなってしまいましたが。」
「そうか。」
「まずいですか?」
「いや、大丈夫だ。」
そう言った俺の顔を見た火野は、再び走り出した。


「あらっ、車は?」
「火野が取りに行ったよ。」
「そう…。」
目覚める気配のない菜都芽を、香が横目で見る。

「燎、本当は知ってるんでしょ?信司先生と菜都芽さんの関係。」
「…またそれかよ。火野は友人だって言ってたじゃねぇか。」
「確かに、信司先生は菜都芽さんにシティーハンターを紹介したのは自分だと言ってたわよ。でも、大学を辞めてからは会ってないというし、それに、地図を見た時も、菜都芽さんが“引っ越していなければ”って言ってたし、なんだかちぐはぐだわ。」

火野のバカヤロー。下手な嘘つくからボロが出たじゃねえか。
「電話で話したんじゃねぇの?」
「じゃ、信司先生はいつチューリップを預かったの?」
香の奴、なんだってこんなに拘るんだ。

「気になるならおまえが自分で聞けよ。」
「聞けるわけないじゃない。」
「なんで?!」
「だってそんな、疑うみたいな…」
「そう思うなら、聞かなきゃいいだろう。大体、あいつら二人の問題だ。」
「…やっぱり知ってるんだ。」
「だから知らねぇって!ぁぁほら、車が来た。今は菜都芽の手当てが先だ。」

香の口撃に窮したところにミニが到着し、幸いに話が途切れた。


走り出した車内には傾きだした太陽の光が射し込み、穏やかな温もりが満ちていた。
だが、車内を流れる空気はぎこちない。
後部座席では眠る菜都芽を香が抱き支え、火野は助手席で息を殺して菜都芽の寝息に耳を立てている。こいつは俺が彼女を車に乗せる時も、一歩離れてただ見守っていただけだった。

「なに、数時間もせずに寝覚めるだろうさ。」
「そうですか…。」

彼女が目覚めれば、否応なく事の顛末を説明するしかない。
火野は菜都芽に許してはもらえないと思っている様子だが、俺は菜都芽が火野を恨むとは思えなかった。
それより俺が気がかりなのは、香が火野と菜都芽の関係を目の当たりにすることだった。


「春疾風」-23につづく

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

春疾風-21

昼間の道路は存外空いていて、程なくして地図の場所へたどりついた。
一方通行の細い道が入組む住宅街でミニは目立つ。
車は少し離れた場所に停め、先ずは彼女のマンションに徒歩で向かう。

3階建て18戸のコンクリート造り。
エントランスは自動扉だが、オートロックではないので誰でも自由に出入りできる。
1階郵便受けの303号室に「鏑木」と書かれた色褪せた文字を、火野が少し困った様に見た。

「リョウ、朝刊が入ってる。…昨晩から留守ってとこか。」
ミックの呟きに、4人に緊張が走る。
念のため3階の菜都芽の家へ行ってみたが、チャイムを押しても反応はなく、人の気配も感じられなかった。扉を破って確認するまでもないと判断する。

「地図の場所に行くぞ。」
赤く印がつけられたその場所は、菜都芽のマンションから1キロも離れていない。

昼近い住宅街は人通りもなく、長閑な空気が流れていた。
人目がない故、派手に駆け出して目に付く訳にはいかない。
空気を乱さぬよう、急く心を抑えながら足早に問題の場所に向かう。
そこには、建て替え予定の看板が立てられた古い2階建て木造アパートがあった。

4人で数軒先の細い路地に潜み、ブロック塀を盾にして、斜め奥に見えるアパートを窺う。
200坪程度と思われる敷地は、緑色の防塵ネットでぐるりと囲まれている。
道路と直角に建つアパートは、ネットの上から2階の手前の部屋の窓がやっと覗き見えるだけだ。
その窓ガラスもヒビが入っている。確かに、人が住んでいる気配はない。

「中の様子は、分からないね…」
チューリップの入ったデイパックを背負った香が、俺を押しのけるようにして後ろから身を乗り出し、アパートに目を向ける。
腕に押し付けられる香の胸に、気が散った。

「…あんま乗り出すなよ。気づかれたらどーする。」
「わかってるわよ。」
「リョウ、いつまでもここに潜んではいられないぞ。」
「あぁ。」

ミックの言う通りだった。
大人4人が住宅地のブロック塀に貼り付いてコソコソしているのだ。誰かに見られたら不審者なのはこっちだ。
防塵ネットには、縦に割けた箇所があった。辛うじて人が入れそうな隙間ではある。
だが、中に奴らが潜んでいれば、入った途端に狙い撃ちされかねない。
だからと言ってこのままでは何の進展も期待できない。

「香。」
「偵察してこようか?」
言わんとしたセリフを先取りされ、唇の端が嬉しくなった。
「一緒に行こう。」
火野をミックに任せると、香と何気ない風で路地からアパートへ続く道へ歩み出た。

数歩進んだところでちょっと思案する。俺が腕を差し出すと、隣の香が目を見開いた。仕方ないから無言で目配せをすると、小さく息を吸って腕を絡ませてきた。

その直後、向かいの路地を曲がって老婦人がやってきた。買い物に行くのかカートを引きずっている。彼女はすれ違い様に俺たちを見やったが、歩みを変えることもなく、そのまま大通りの方へ消えていった。

「怪しまれたかな?」
「大丈夫だろう。」

他に人の気配はないかと背後に目を向けた時、アパートを見ていた香にぐっと腕を引かれた。

「燎、あれ見て!」
掠れた小声にふり返ると、アパートの敷地内から細い煙が立っていた。
迷っている暇はなさそうだった。

「行くぞ、離れるな。後にいろ。」
「うん。」
パイソンにサイレンサーを装着し、緑色のネットの隙間に肩を捻じ込ませた。身体捩って中に入ると、続いて足を入れた香が小さく唸った。

「うぁ。」
「気をつけろ。」

踏み込んだ敷地には枯れた雑草がびっしり生え、一歩進むのも厄介だった。
アパートは1、2階それぞれ4部屋ずつ。
細い煙は、2階一番奥の部屋の玄関扉から上がっていた。
2階へ上がる階段は目に見える側にはない。奥か、裏か。

パイソンを手に一歩枯草を踏み進むと、1階奥の部屋から歪んだ扉を押し開け、2人の男が現れた。
歩みを止め、背後に香を庇う。

「チューリップは?」
ジャケットにチノパン姿の赤毛の男が言った。

もう片方はパーカーにジーンズで金髪だった。赤毛より少し若いだろうか。
どちらも一見して欧米人だ。

「彼女はどこだ?」
「部屋の中だ。」
「無事なんだろうな。」
「チューリップを寄越さなければ、焼け死ぬがな。」

じりっと間合いを詰めてパイソンの照準を赤毛の肩に合わせると、2人は降伏を示すようにあっさりと手を上げた。

「撃ち合うつもりはない。ここに消火器もある。」

男の膝元を見ると、枯草の合間から赤い消火器が見えた。
古い木造アパートだ。手を拱いていたらあっという間に火が回るだろう。
吹いた風が、真っ直ぐに上がっていた煙を一瞬乱した。
たとえ彼女がここにいなくても、上がる火の手を放置できない。

「香、寄越せ。」
「でも。」
「いいから!」

渋る香の手からデイパックを受け取ると、大きく弧を描かせて男へ投げた。
金髪の男が地面に落ちる前に受け止める。2人は手早く中身を確認すると、頷き合ってアパートの奥へ回り込み、そのまま消えた。

俺は、空へ向けてパイソンを一発撃った。
サイレンサー越しに飛び出した弾が、小さな発射音と共に消える。
「燎!どこ撃ってるの?逃げられちゃうよ!」
「奴らに構うな。消火が先だ!」

絡みつく枯草をパイソンで薙ぎ払いながら進む。
煙が炎になって吹き出し始めている。
奴らの残した消火器を抱え上げ、更に奥へ進んで回り込む。
案の定、奥には2階への階段があった。

「俺は火を消す。香は1階だ。彼女を探せ!」
香が頷き、奴らが現れた奥の部屋へ入ったのを見て、2階への鉄階段に足を掛けた。
所々錆びて穴が開いている。俺は、踏み抜かないよう慎重に駆け上がった。

「この部屋にはいないわ!」
下から香の声が聞こえる。

体を低くして最後の数段を這うように上がる。幸い風下にあって煙は逆方向へ流れていたが、すぐ手前では、炎が玄関扉を食い荒らしていた。

「隣にもいない!」
再び下から香の声。

消火器のピンを抜き、炎の根本を見定めてレバーを握る。

「この部屋にも――」
香の声は、噴き出す消火剤の音に掻き消された。
炎は勢い良く沸き上がる白煙に呑まれ、みるみる小さくなっていく。

「燎ぉ!いたわ。一番手前の部屋よ。」
シュゥシュゥと弾ける消火剤の泡の音に紛れて、香の明るい声が響いた。


「春疾風」-22につづく

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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